中村時広

昭和35年1月25日生まれ
趣味/読書、スキー、バドミントン
尊敬する人/福沢諭吉
座右の銘/至誠通天

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時の風 中村時広がお届けする発行紙「時の風」

1997年12月号 これが政治の裏舞台だ!!

ここ最近、日産生命、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券と、
日本の金融機関の破綻が相次いでいる。日本の金融機関はつぶれるはずがないという神話は、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
また、夏以降の経済指数を見ても、個人消費の低迷や辛気住宅着工件数の減少など、輸出関連を除いて芳しくない。

政治はこうした経済情勢を前にして、明快な対策を打ち出しきれず、日本列島全体に、漠然とした将来に対する不安感が広まっている。

政治の現場は一体どうなっているのだろうか。

正直に申し上げれば、政治の実態を率直に申し上げることには、多少のためらいもあるのであるが、
現実を少しでも知っていただくことのほうが重要であろう。そこで今回は現職時代に見てきた政治の実態と最近の情報を総合して、あえて政局を語ってみたい。

あの時のはなし

平成5年の総選挙直後、非自民勢力が結集し、細川連立内閣が発足した。

戦後長年にわたって続いてきた自民党単独政権が崩れ去る、政権交代が実現した歴史的瞬間であった。

実はあの時、総理の椅子を最も欲していたのは、当時、新党さきがけ投手であった竹村氏であったことは間違いない。

細川内閣発足前夜の小沢・武村会談で、そのことが明らかになっている。細川首班を提案した小沢氏に対し、武村氏は言った。

「私ではまとまらないでしょうか」

その武村氏の執念を知らずして、後の政局は見えてこない。

崩壊の始まり

細川政権時代の最大課題は政治改革であったが、それ以外にもやがて政局に繋がっていくさまざまな試みがあった。

たとえば、連立を組むパートナーの一つ、社会党に対しては、入閣メンバーは右派のかたがたに絞り込んだ。

その結果、同党からの入閣者は若手中心となり、ベテランの多い左派のかたがたには嫉妬言う特殊な感情が生まれてゆく。

武村氏は総理大臣の女房役である官房長官の立場にあったが、ポスト細川への思いもあったのであろうか、以外なほど冷めていた。

そしてその思いを知る小沢氏と対立してゆく。

小沢氏の武村外しに対抗して、官房長官に居座りつづけ、徹底的に反小沢の政治家として世に売り出してゆき、マスコミもそれに乗った。

細川総理は女房役の協力を得られず、裸の王様となり、政権を投げ出すところへ追い込まれていった。

近親憎悪の感情

やがて、何がなんでも与党復帰をもくろむ自民党、大臣病に取り付かれた社会党左派のベテランたち、
総理への執念を燃やす武村氏の三者が、お互いを探り合いながらも、自・社・さ連立政権で利害が一致することになる。

ただ唯一の誤算は、自民党は村山首班を、社会党は河野首班を飲めない、そこで首班はこちらにと読んでいた武村氏の思惑であろうか。

自民党内部では、我が家から飛び出して苦しめられた、武村氏に対する風当たりの方が強かったのである。

何でもあり

村山元総理が首班指名された本会議場の光景は、今でも忘れることができない。

議場の入り口での、自民党若手議員との会話を思い出す。

「40年間も戦ってきた社会党委員長の名前を、首班指名で本当に書けるのか。」

「与党に戻れるならば、誰の名前だって書く、共産党だってかまわない。」

その後、自・社・さの連立が実現すると、ベルリンの壁が崩れたのと同じだなどと、筋違いの論法を持ち出して、正当化しようとした。

こうして、日本の政治史上初めて、総理になる準備を何もしていなかった方が、我が国の総理大臣になったのである。


密室の会話

ある日、たまたま議員会館のエレベーターで、元大臣2人と同乗した。
自民党の超有力議員と、前回選挙で大臣を花道に引退した、かつては社会党左派の闘志といわれた人物の会話である。

自「あんた今度の内閣改造ではいよいよ大臣かも知れんな。」
社「いやー、まだわからんよ。」
自「あれはいいぞ。車もつくし、SPもつくし、至れり尽くせりじゃ。」
社「ほうかな。」
自「それにな、勲一等もあるぞ。」
社「そうじゃな」

本当は名前を書きたいぐらいであるが、一応伏せておく。

一部とはいえ、この次元でうごめいているのが悲しいかな、日本の政治の現実である。
地方の真面目な社会党員や支持者は恵まれない。

その後、村山党首率いる社会党は、現実路線へと転換し、政権の矛盾解消に努めてゆくが、やがて阪神淡路大震災への対応に戸惑い、住専問題で力尽き、正月早々の辞意表明へとつながってゆく。

そして、族議員のチャンピオンと言われていた橋本氏が、皮肉なことに行政改革を掲げて総理となるのである。


要、監督交代

この間、野党は改革を旗印に新進党を結成、結党当初はエネルギーに満ちていた。

しかしながら、小沢氏と羽田氏の間で争われた党首選挙を境に、雲行きが怪しくなってくる。

個人的な意見であるが、確かに小沢氏の政策論には引かれるところが多い。

しかし、指揮官として疑問を感じるのも事実である。

自らが人材を発掘して、適材適所に登用することがない。

自ずから、ごますりタイプの議員が取り巻きを形成してゆくことになる。

更には、意見を率直に言うものを遠ざける傾向があるため、党の運営が閉鎖的、かつ暗くなってゆくのである。

側近たちが書いた納得しがたい戦略、保保路線での打開の道も、失敗に終わった。

各種選挙も連敗続きだ。しかも誰も責任をとらない。言っていることとやっていることに矛盾が生じているのである。

「責任ある政治」、それが結党の原点であり、小沢氏が世に問うた理念だからである。

それを信じる気持ちが強かったものほど挫折感が大きい。

12月に行われる党首選挙は、若手の鹿野氏との一騎打ちになる公算が大である。

もし、選挙に名って、投票資格が与えられれば、自分は鹿野氏に投票する。

原点を忘れずに、立て直そうという純粋な思いを感じるからである。

どちらに転んでも、その体質から、残念ではあるが、党内に決定的な亀裂が残ることは容易に想像がつく。

そしてそれは、年明け以降、野党再編へと繋がって行く可能性を秘めている。


つきない悩み

民主党も大きな矛盾を抱えている。結党段階では、選挙プロジェクト政党的色彩が強かった。

管・鳩山両氏のキャラクターのもとに、選挙直前に、改革とは無縁の人たちも含めて候補者が殺到した。

最終的には当初打ち出していた排除の論理は消え去り、さながら駆け込み寺の様相を呈していた。

そしてこのことが、党運営を困難にし、管・鳩山両氏を悩ませることになっている。

過半数を占める旧社民党左派出身議員と、先駈け出身議員との考え方の違いは深刻である。


あー、いい湯だな

政権側に目を転じてみる。もちろん内部に意見の違いはあるのだが、社民党は二つの理由で政権から離れられない。

その一つは、与党にいれば、官僚の対応も違ってくるし、芸者さんではないが、さまざまな会合にもお呼びがかかるその居心地のよさを捨て切れないのである。

今一つは感情問題である。武村氏と自民党の関係ではないが、自分の家から飛び出して、苦しめられた民主党に対する近親憎悪の感情である。

幹部の一部にこれがあることは否定できない事実であろう。


平均台の上で

橋本総理は自民党内部で主導権争いを演じる2つの勢力バランスを、人事で巧妙にとりながら舵取りを行っていった。

その勢力とは、表現が正しいかどうかは別にして、世に言う「自社さ派」と「保保派」の潮流である。

しかし今年の10月、そのバランスが崩れ去る。橋本総理は、人事を「自社さ派」にシフトしたのである。

切られたという思いを持った「保保派」、早くもポスト橋本を視野に入れ始めた「自社さ派」、安定感は急速に失われてきている。

そのような状態の上に、経済問題、金融不安が追い討ちをかけているのである。


矛盾の上に

現在、橋本政権で本気で支えようとする空気を、自民党に感じることはできない。

橋本総理と一蓮托生の気持ちを持った政治家が見当たらない。にもかかわらず政権が存続している理由は、

1.今すぐに、他に適当な候補者が見当たらない。

2.世論の支持がある程度維持されているうちは、利用価値があるという所属議員の心情。

の2点につきよう。

すなわち、現在の橋本政権は、しっかり土地に足をつけているのではなく、水面に浮かぶ浮き草のように不安定に漂っているのである。

これに対し、政権存続を図る側の気持ちとしては、存続のエネルギー源である世論の支持に、神経質なまでに気を遣わざるを得なくなって
いる。

必然的にその行動は、政権が掲げた行政改革をはじめとする6大改革の実施、外交でのポイント稼ぎへと向かうのである。

もちろん、その改革の方針に異を唱えるつもりはない。むしろ、それが本気であるならば、大いに結構なことではないかと思う。

だが、大きな問題がある。それは政権の改革そのものに対する決意のほどと、政権を支える立場の与党との間に生じる矛盾である。


誰がための政治

行政改革とは、これまでに作り上げられてきた、政・官・業の癒着構造による利権システムを壊すことに他ならない。

政府は政権維持のために改革を掲げ、与党は、表向き支える姿勢を問っているものの、
みずからの利権、集票、集金システムを崩す改革には、本音では反対なのである。

改革をめぐって暴れまわる族議員たちの行動がそれを表明する。

族議員の目には、票やお金をまとまって提供できる団体の姿は見えていても、団体に所属していない圧倒的多数の国民の姿は見えていない。

官僚もこれに便乗する。省庁の統廃合などは、単なる積み木の組み替えであり、枠内における縄張り争いに過ぎない。

許認可権、情報公開、民営化などの本質的な問題は、残念ながら、なんら前進を見ていないのである。まさに「一画竜点睛を欠く」である。

いかにやったように見せかけて何も変えないか、既得権を維持し、一方で国民には何か実行した印象を与えるというマジシャン政治が現実に行われている。

その意味で、見かけが派手な省庁統廃合は、うってつけの課題なのである。

頭脳集団の能力は、そうした非生産的な分野に費やされている。

また、政府も与党も、政権にしがみつくという目的だけは一致する。

そこで、決定的な亀裂が生じる課題に突き当たった場合、政権が崩壊する一歩手前で妥協が図られてゆき、結果として、ポイントとなる政策については、全て足して2で割るような中途半端な決定がなされてゆくことになる。

それがボディブローのように、ジワジワと日本の体力を弱めてゆくのだ。


賢明な国民の目

今必要なのはモルヒネを打って一時的に痛みを和らげるのではなく、多少の痛みはあっても、根本的に治療を行う手術である。

支持率に縛られず、国民を説得する政治のリーダーシップである。圧力団体や官僚、族議員の言いなりになるべきではない。

「弱者の顔をした強者」のための政治、それが陳情政治の正体であり、それにひきずられないことが改革である。

あくまでも公平無私な立場で政策を考えるべき時である。

残念ながら、お話してきた政権の性格上、現政府にそれを期待するには無理がある。

また、こうしたことに、言葉だけでなく、本気で取り組もうとする強い姿勢を持っていると感じられる政党も、現段階では存在していない。

政治離れが加速し、無党派層が加速するのは当然の帰結であろう。

その意味で、政権の維持に汲々として、権力闘争に明け暮れている政治の実態を、国民はよく見抜いている。

改めて国民の厳しく、かつ賢明な目を痛感する。そのことを一人の政治家としてしっかりとかみしめて、今後の行動につなげてゆきたい。

今号では、飾ることなく、ためていた思いを率直に書き綴ったため、読みぐるしい点があれば、お許し願いたい。

このごろ思うこと
夜の九時近くであったろうか、過日、飲み物を買うために、近所のスーパーマーケットに出かけた。
閉店間近の時間帯であったので、客もまばらかと思っていたが、さにあらず、意外なほど人が多かった。

共稼ぎの影響もあろうが、それだけではない。

この時間帯になると、生鮮食料品などが格安の値段になる。主婦の方々の生活防衛が、ここにも現れているのである。

この一年で九兆円の国民負担が増大した。単純平均で一世帯当たり、月額二万円である。消費税が導入された年ですら、
一兆六千億円であったことを考えると、ケタ違いだ。

当然のことながら、みんな財布のヒモが固くなる。

モノが売れないから値段が安くなる。お金の流れが悪くなり、経済が縮小する。

資産価値の下落が、金融不安にも繋がってゆく。

間違いなく、この夏以降の景気後退は、政策によってもたらされたものである。

しかし、政治がそれを認めることはないだろう。
国の莫大な借金の問題にしてもそうである。

不思議なことに巨額の財政赤字を作った張本人が、若い世代に付けを回してはならないと声高に叫んでいるのだ。

当面はこれまで貯えた世界一の個人資産の累積でしのいでいけるであろうが、それもやがて底を突く。

その前に政治は本格的に立ちあがらねばならない。