中村時広

昭和35年1月25日生まれ
趣味/読書、スキー、バドミントン
尊敬する人/福沢諭吉
座右の銘/至誠通天

【中村時広事務所】

〒790-0801
松山市歩行町2丁目1-6
ウインドパレス歩行町1階
Tel. 089-943-8800
FAX. 089-947-8000







HOME > DJ中村時広

時の風 中村時広がお届けする発行紙「時の風」

1997年3月号 福沢諭吉・独立自尊の精神

未知なる未来像

政治改革、行政改革、財政改革、税制改革、教育改革などなど、昨今、「改革」と言う二文字がメディアを飾らない日はありません。それは、我が国に高度成長をもたらしてきた様々システムが制度疲労を起こしている証であり、改革の成否そのものに私たちの未来がかかっています。
多くの人々も漠然とそのことに気づき始めましたが、掛け声だけで一向に進まない政治の現状を前に、閉塞感が広がっています。
また、あらゆる政治家が、張り合うかのように改革の必要性を叫ぶものの、誰ひとりとして改革後の将来像を示さないため、見えてこない未来に対する不安感も深まっています。
現在、俎上に上がっている改革が、この先、社会にいかなる変化をもたらすことになるのでしょうか?その中で個々人はどのような準備をしなければならないのでしょうか。今回は極めて大雑把ではありますが、先人の知恵を借りながら、そんなことを探ってみたいと思います。

それはあの日から始まった

第二次大戦終結後の世界史は、アメリカ、ソビエトを代表とする東西冷戦の歴史でもありました。長年にわたり、資本主義と共産主義と言う、まったく異質なシステムによって世界が分断され、数多くの悲劇がもたらされてきました。
しかしながら、数年前のソビエト連邦の崩壊に伴い、時代は大きく動き始めることとなります。冷戦構図から生じていた紛争は消え去ったものの、それに替わって新たな火種がくすぶり始めます。これまで、米ソという二大スーパーパワーの下で押さえられていた民族紛争、宗教紛争というものが表面化するようになったのです。チェチェン・ボスニアなど、耳慣れない国々の紛争が伝わってくるようになりました。人類は、新たな地球的規模での危機管理体制の確立を迫られることになりました。
また、異質なシステムの対立が消え去ったことに伴い、特に経済面において、世界共通のルール確立に向けての動きが加速することとなります。市場の時代の到来です。
この二つの潮流は、否応無しに、わが国にも大きな転換を強いることになりました。

本業忘れた政治家

政治の最大の目的は、国民の生命と財産を守ることにあります。それゆえ、外交、安全保障というものが、いずこの国でもその存立の根幹に関わる重要政策となります。
実は、ここ30年ほど、わが国の政治家は、この点について先人たちの遺産に大いに浴してきました。対外的なことについては、アメリカ追従外交と日米安保条約のルールに従ってさえいれば、大方すまされてきたからです。
しかしながら、東西冷戦終結に伴い、アメリカの国際戦略も大幅修正を迫られたことで、日米関係にも微妙な変化のベクトルが生じ始めています。一方で、経済著しいいアジア諸国、ト小平亡き後の中国、不安定な朝鮮半島など、近隣諸国の動向も目が離せません。こうした中で、日本は真の自立を問われているのです。すなわち、自らが国際状況の全体像を把握し、自らが外交、安全保障政策の基本方針を固め、自らが決断することであります。独立国家としては当たり前のことなのですが、その当たり前のことをしないですまされてきたことに、日本の特異がありました。時代は日本に対して、独立国家としての自覚と歩みを求めているのです。政治家も利権追求と権力ゲームに没頭してきた過去を清算し、本業に戻らねばなりません。

市場の時代がやってくる

今一つの潮流である経済面における共通のルーツの確立、実はこれが個々人の仕事、生活に大きな影響を与えることとなります。
日本の経済の基本的パターンと言えば、資源をやすく外国から買い、欧米から学んだ技術を独自に高度化し、それを使って付加価値の高い製品をつくって外国に売って稼ぐ、一言で言えば加工貿易立国であります。
そのシステムを効率よく機能させるため、国内的には官庁を頂点とする業界ピラミッドを整備し、徹底したムラ社会型の業界秩序を作り上げてきました。その結果、複雑な流通システム、輸入制限など、国際的に異質かつ排他的な独自のルールが定着を見ることになったのです。
しかしながら、冷戦崩壊により、本格的な市場の時代を迎え、国際的なルール統一に向けての動きが、地球的規模で急速に進んでいます。その動きに取り残されれば、国際社会の異端児となりましょう。国際社会の一員として生きてゆくためには、この流れを、できるだけ激変を避けながらも、受け入れてゆかねばなりません。
本格的な市場の時代は企業を容赦なく、選別します。競争力を強化した企業は存在感を増し、逆にムラ社会型の業界秩序にすがる企業は冷たく見捨てられます。冷酷ではありますが、残念ながらそれが市場の時代の本質です。共通ルール確立に向けての規制緩和、市場開放の流れは、そのスピードを多少調整することはできても、止めることはできません。

松山も例外ではない

地元松山市に置きましても、その兆候が現れ始めています。流通業界を見てみましょう。ここ数年の松山市内における郊外店舗の開店ラッシュには目を見張るものがあります。数ヶ月単位で地域の風景、人の流れが目に見えて変わってゆきます。
松山はかつて、一定の人口規模の消費都市としては、流通業界などの県外資本進出が少ない地域と言われてきました。他県に比べて商店街など地元業界秩序が厳格で、規制の上に更に独自の松山式ルーツを作って、その進出を拒んできたことに理由がありました。その結果、競争とは無縁の典型的なムラ社会型経済、流通構造が育成されることになりました。そこでは、消費者は主人公ではありませんでした。
そして近年、競争にたいして準備を整えないままに規制緩和の流れがやってきて、いっせいに県外資本が流れ出してきたのですから、地元業界はたまったものではありません。どこよりも競争を排してきた松山式ルールは、結果として体力を弱め、あだになってしまったのです。消費者も主人公となって、それぞれの価値観で、良いものを求めて動き始めています。

さまざまな人間模様

興味深いことに、松山式ルールの下で、声を大にして誇らしげに実績を誇示していたリーダーほど、郊外店舗の中に自らの店舗を構えるなど、いち早く県外資本と手を組んでいます。これを称して、先見の明ありというのか、抜け駆けというのかはそれぞれの人が判断することでありますが.........。
政治家たちのなかにも、「地元の商店街の皆様のために」といいながら、一方で大手郊外店の進出に便宜を図ったり、献金を受けたりと言う器用な立ち回りを演じる輩がいます。なにも疑わずにこれまでのムラ社会の中での論理の中で、その人の応援を続ける地元業界の人々は、いつその矛盾に気づくのでしょうか。
いずれにしましても、市場の時代の容赦ない流れが身近なところでも起こっており、競争の激化に伴い、ムラ社会型の業界秩序が崩壊してゆく過程にに入ってゆきます。
その流れの中で、企業家は県内外を問わず、自立を求められ、政治家は立ち行かなくなったところに対して、どう再チャレンジの機会を作ってゆくかという点を考えてゆかねばなりません。

そして個人さえも

また、いずれ特集を組ませていただきますが、年金制度や国家財政の現状も、個人レベルの意識に大きな変化を強いる要因となりえます。
「国の制度に頼ってさえいればなんとかなる。」それがラクでいいし、理想であるのかもしれません。
しかしながら、この国に積み残されている負の遺産、巨額の財政赤字や各種制度の破綻はそれを許してはくれません。
だからこそ、個人が自立心を高めて、国の制度も含めて、老後に至る人生設計の基本プランを書き、事故責任の下に運営管理をしてゆかざるをえない時代になってゆくことも間違いありません。
これらのことを踏まえれば、来るべき時代のキーワードが明らかになってきます。国、企業、個人どのレベルにおいても、「自立」「独立」「自己責任」であります。

今、「独立自尊の精神」

明治の偉人の一人に、福沢諭吉という人物がいます。大分県中津市出身で、世間一般には慶応義塾の創始者として、あるいは一万円の顔として知られていますが、福沢諭吉の真骨頂は、優れた思想家であったことにありましょう。
鎖国政策、外国敵視といった閉鎖的な維新前夜のご時勢に、「西洋事情」という書物を通じて、西洋文明を紹介し、門戸開放を呼びかけます。
また、士農工商という身分制度が厳格な時代に、自由、平等の思想を広めます。
時代背景を考えると、双方ともに命懸けの行動であったことでありましょう。
そして明治新時代を迎え、日本が国際社会の荒波に船出をして行くにあたり、福沢諭吉は「学問のすすめ」を出版し、一つの精神を広く国民に呼びかけました。
「独立自尊」の精神であります。
もちろん時代も異なり、そのまま当てはめることが適当でないところもありますが、今後、国際社会の中で独り立ちせざるを得ない日本、日本人が、皿には自己責任が問われる社会に必然的に移り変わって行く中で、次世代を生きる日本人が、かみしめるに値するものであろうと思えます。

独立なき弊害とは

福沢諭吉は、自由と独立の問題は一身のことに関わるだけでなく、国の問題でもあると説きました。
一国の国民が独立しようとする精神に欠けたるとき、以下の3つの理由から、その国は、独立国家として世界にその地位を確立することはできないと訴えました。

1.独立の精神がないものは、国を愛する心も浅くいいかげんである。

独立とは、自分で自分の身の始末をつけ、他人をたよる心がないことであり、独立人とは、他人の考えに影響されず、自分で物事の正しさと誤りを見分け、自分の行動にまちがいを起こさぬ者のことです。
他人の力にたよることばかりを考えるならば、国や公共団体の補助金に頼る者ばかりになります。それはもはや国民ではなく、単なる寄食者であり、お上にたよることだけしか考えなくなるため、国家の状態を心配することなどまったくなくなります。そのような国民による国家は、独立など到底できるはずもないということを福沢諭吉は述べました。

2.独立の自覚がない者は他人(外国)と交わっても自己の権利を主張できない。

独立の精神なき者は、常に他人をあてにし、他人をあてにする者は、必ず他人の態度を気にします。他人の態度を気にする者は、必ず他人にお世辞をつかい、いつしかそれが習性となり、面の皮が厚くなり、恥知らずの人間になります。態度も卑屈で、言いたいことも言えません。人に逢えばただ腰を曲げ、下手に出て、目上の人には、一言も逆らわず、立てと言われれば立ち、踊れと言われれば踊り、その態度はまるで痩せた飼い犬のようであります。
これでは外国人と対等につきあうことなどできるはずがありません。
自分自身の独立を保てぬ者は、外に対して独立することなど、到底不可能であることを福沢諭吉は諭しました。

3.独立の気概がない者は他人(外国)の権力に頼って悪に走ることがある。

独立の気力なき者は、権力のある者に擦り寄り、賄賂を渡し、その威光を利用して、法をねじまげてでも自己の利益を追い求めることがあります。これは実に憎むべき行為でありますが、こうした悪習は昔から繰り返し行われてきましたので、今でも残っている可能性があります。
もし権力のある外国人の名を借りて同様の行為をするならば、それは国を売る行為と同じであると福沢諭吉は指摘しました。
以上3つの害悪を示した上で、福沢諭吉は、「独立人をめざせ」、「誰に対しても卑屈になるな」「他人の独立も援助せよ」と諭し、個人と国家の独立を訴えたのです。
これからの時代は好むと好まざるとに関わらず、「自立」、「独立」、「自己責任」がキーワードになる世界に移り変わってゆくでしょう。
だとするならば、福沢諭吉の「独立自尊」と言う精神が、改めて人々に必要とされるのではないでしょうか。