中村時広

昭和35年1月25日生まれ
趣味/読書、スキー、バドミントン
尊敬する人/福沢諭吉
座右の銘/至誠通天

【中村時広事務所】

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時の風 中村時広がお届けする発行紙「時の風」

1997年2月号 チェンジ・ザ・国会茶番劇

平成九年一月二十日、第百回通常国会が招集されました。先月号で述べさせていただいたとおり、今国会は、広範な分野に渡って、課題目白押しであり、また、将来を思えば、大変重要な時期の国会であるとも思います。
この3年間は,国会議員としての審議の渦中におりましたが、今回は当然のことながら、一国民として審議を見つめています。
新聞ニュースやテレビ中継を通じて国政の様子を見ていると、改めて、日本の国会の欠陥を感じざるを得ません。なぜならば、国民の目が釘付けになるような政治の迫力も、緊張感も、お茶の間に伝わってこないからです。
これでは多くの国民が、政治に無関心にならざるを得ないのかもしれません。
制度上の欠陥、質疑・答弁の内容、政治家の心理、マスコミ報道などいくつかの原因が考えられます。
今月は、なぜ日本の政治はつまらないか、そのことをテーマにさせていただきたいと思います。

国会は消化ゲーム?

本来、国会とは、選挙で選ばれた国会議員が、自由に、活発に議論を行い、最後は多数決によって国の運営方針を決定する場であります。
ところが、現状の国会は、このような理念からあまりにもかけ離れた状態にあると言わざるを得ません。
戦後五十年の間に築かれた国会運営のルールや観光が、国会の形式かをもたらしました。”円滑な議会運営”という一見もっともらしい理由により、自由闊達な議論が阻害される中で、国会は単なる「通法期間」と言われるまで形骸化されてしまったのです。
これは地方議会にも当てはめることが出来ましょう。
政府が法律、予算を作ればすべて終わり、それをチェックすべき国会の場では、政府提案が修正されることはほとんどありません。政府からすれば、国会における最大の関心ごとは、議論の中身ではなく、採決の日程と言うことになりましょう。
最近、特にそうした風潮が強まっているように感じます。原因は住専問題にあるように思えるのです。
「国民の八割が反対した住専への税金投入ですら、採決して3ヶ月もすれば国民は忘れてくれた」
そんな気持ちが、政府・与党政治家の心に芽生えていることは、想像に難くありません。
”人のうわさも七十五日” ”喉もと過ぎれば熱さを忘れる”といったところでしょうか。

政府答弁は詭弁の宝庫

国会審議に参加をして、国会の政府答弁にはいくつかの特徴があることに気づきました。それは、各委員会の質疑の中で、共通して見ることが出来ます。

(1)肝心なことについては、大臣ではなく、官僚が答える
(2)矛盾点の追求に対しては、質問がなんであったか、すっかり忘れてしまうような芸術的答弁を行う
(3)執拗な追求に対しては、いかなる野次があろうとも、ひたすら同じ答弁を繰り返し、時間が過ぎ去るのを待つ
(4)時間稼ぎと質問の削減を目的に、答弁に必要以上のj間をかける。質問者の質問内容を、答弁者が答弁の中で繰り返すことが基本。
例:先生のご質問は、これこれこうゆうことであったものと存じますが.........」
(5)質問の追求を和らげるために、さりげなく質問者を誉め上げる。
例:「先生ご指摘の通りでございます」
例:「先生の高度なご意見を参考にし」
こうした答弁技術を駆使しながら時間の消化をはかり、採決の日がくれば審議打ち切りの動議提出、そして採決となるのです。
世論の批判が強い案件でも、反対議員の怒号の中での強行採決となるだけで、基本的には変わりはありません。
国会審議は、ただ単に日程をこなすだけの消化ゲームのような様相を呈しているのです。

他国も同じ?

こうしたことは、どこの国でも同じなのでしょうか。いえいえ、決してそんなことはありません。
2年前、オーストラリアに小選挙区制度と国会運営の研究にいった時、どうすれば政治か活性化するか、そのヒントを見ることが出来ました。
日本とオーストラリアの国会運営上の相違点は、おおむね3点に集約することが出来ると思います。

(1)二大政党政治の確立と政権交代
小選挙区制度の実施により、政党は、自由国民連合と、労働党の二大勢力にほぼ収斂されており、その間で政権交代が実際に起こっています。そのため、国政には常に緊張が漂っているのです。
日本でも、ようやく選挙制度改革が実現し、政治を変える第一歩を踏み出しましたが、二大政治への収斂と政権交代の実現までには至っておりません。野党の奮起が期待される所以です。
(2)影の内閣制度の充実
イギリス型のいわゆるシャドーキャビネット(影の内閣)制度を取り入れています。本会議を傍聴すれば、日本の政治との違いが一目瞭然となります。
議長を中心に、議長を中心に、議長から見て右側に首相以下、各大臣、すなわち内閣の面々が一列に並び、その後ろに与党議員が着席します。
左側に、影の首相以下、影の大臣たちがそれぞれの大臣の正面に並び、その後ろに野党議員が着席します。
オーストラリアでは、日本のように質問席もなく、議長の前で、自席から与党と野党が真っ正面からぶつかり合って論戦をおこなうのです。
もちろん、議場に官僚は不在であり、また与党から野党への逆質問も認めれていますから、日本のように、政府に対する一方的な質問に終わることもありませんし官僚が答弁するような光景もありません。これが政治だ、と思えるようなディベート合戦が目の前で繰り広げられ、身を震わせたものでした。

(3) 国会テレビの普及
選挙の結果よりも政策決定までの過程が重要との趣旨から、議場の全容を国民に伝えることを目的に、国会テレビが開設されています。政治家の論戦の光景は常時国民にさらされることとなります。
オーストラリアでは、党営選挙が定着しておりますので、論戦で敗れ去った議員、論戦に参加できない議員は党員から総攻撃を浮け、次回の選挙では候補者からひきずり下ろされることもあるそうです。
国会テレビの普及により、議会が勝負の場と課し、さらには議員の資質向上にもつながっていると言えましょう。

政治は変えられる

いかがでしょうか。日本とオーストラリアの政治の違いの一端を、感じ取って頂けたでしょうか。
また、ちょっとした制度やルールの変更で、日本の政治をガラリと代え、活性化させ、面白くさせる方法もあるのです。
なぜそれができないのか、それは官僚任せの政治は楽でいいし、当選回数さえ重ねれば、大臣の椅子が転がり込んでくるんだから、変えるのはイヤだと考えている古い政治家が、多数を占めているからです。
”政治は誰がやっても変わらない” 、よく耳にする言葉です。確かに制度やルールが変わらなければ、その言葉は限りなく真実に近いものとなります。
しかしながら、制度やルールを変える意志をもった政治家が多数を占めれば、一夜にして変わることも真実なのです。