中村時広

昭和35年1月25日生まれ
趣味/読書、スキー、バドミントン
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ダイアリー

2009年8月11日 「マニフェスト評価!! 」

国民の皆さまへ

〜地方から国のかたちを変える〜
 日本は、明治維新によって、江戸時代の幕藩体制に終止符を打ちました。中央に権力を集めて指令を出す中央集権国家として、時代を駆け抜けてきました。今、このモデルが機能しません。日本全体の経済活力がどんどん失われている現状を見れば一目瞭然です。少子高齢化が進み、人口が減り始めました。国際情勢は激動の連続です。手をこまねいている時間が長ければ長いほど危機は深まります。
 新たなる国づくりを始める時が来ました。決して、小手先の改革ではなく、明治以来の中央集権型のシステムを超えるスケールの大きな改革の姿を描く必要があります。地方が主役となって、知事、市町村長が旗振り役となって、国民の皆さまとともにこの国のかたちを変えていかなくてはなりません。我々、地方首長有志は、根本からの改革を目指して立ち上がり、行動してきました。
 根本改革の処方箋は、システムそのものを刷新することです。地方分権改革の徹底と霞ヶ関の解体です。そして地域主権型の社会を構築することです。今ならまだ間に合います。そもそも、中央政府は、日本の進むべき方向を見据え、国家の存立に関わる戦略を立てることが役割です。地方自治体は、勇気を持って国への依存を断ち切り、地域住民の暮らしを支える役割に専念すべきです。国と地方が互いにもたれあうのではなくしっかり支え合うシステムを構築しなくてはなりません。
 我々は、新たな「地方政府」の姿を模索しています。住民に身近なサービスについて責任を持つ「基礎自治体」を中心に地方自治体の役割を見直し、まとまりのある圏域の広域行政を担う「道州」を置く、地域主権型の道州制です。このように国の仕組みを根本から改めることで、地方自治体は、国と対等な立場に立てる本物の「地方政府」となることができます。
 地方政府は、住民の暮らしを支え、それぞれの地域が持つ強みや個性を十分に発揮できる戦略を描きしっかりと実行します。税をどう使うのか、借金してでもそれをやるのか、選挙の洗礼を受けた地方自治体の首長と議会がその決定と執行にしっかりと責任を持ちます。住民は、政治決定が身近な地方政府で行われることで、税の使い道を厳しくチェックし、無駄や不正を徹底的に排除することが容易になります。同時に、住民も地域の政治に参画する自覚と責任が求められます。
 国と地方がもたれあっている現在の仕組みのままですと、税の使い道や借金の管理があいまいになります。いつかは中央政府が保証してくれるという甘えが生じやすくなりますし、住民にとっては、仕組みが複雑でチェックしたくてもできません。この結果、借金は、800兆円を超える額にまで積みあがりました。国民は、借金の返済のために、ひたすら働くことを強いられている奴隷のような存在と言っても言い過ぎではありません。
 霞ヶ関の官僚は、絶大な権限を有しています。地方に対し事細かに指令を出します。国会議員もこの仕組みの中にどっぷりと浸かり、その中で踊ることが仕事となってしまっています。中央政府は、国家運営の大方針を示すという本来の役割を果たすことが出来ず、国会議員は、選挙区の面倒見に追われています。そして、地方自治体は、霞が関や国会議員に頭を下げてお金の配分を待つしかありません。
 このままでは、日本は漂流してしまいます。この極めて重要な時期に「政権選択」が最大のテーマとなっている衆議院の解散・総選挙が、30日に迫りました。各政党のマニフェストが出揃いました。今月7日には、全国知事会が主催して、自民、民主、公明の三党との公開討論会が実施されました。政党マニフェストをめぐって公開の場で政党と徹底議論する取り組みは、画期的です。全国知事会の取り組みに敬意を表します。
 全国知事会は、公開討論も踏まえつつ、政党マニフェストを独自の基準を設けて点数をつけて結果を発表しました。自民60.6点、公明66.2点、民主58.3点でした。全国知事会の政権公約評価委員会では、地方分権改革に関し、「三党とも合格点と思われる。」という認識を示しています。また政令指定都市市長会も評価結果を発表しました。こちらは、自民が、49.5点、公明が、50.2点、民主が、54.5点となっています。
 我々は、これらの評価も参考にしながら、独自の視点を取り入れて政党マニフェストを検証しました。
 評価の対象政党は、自民党と民主党に絞りました。公明党は、マニフェストにおいて「地域主権型道州制」の実現へと大胆に踏み込みました。国と地方の仕事量は、国が4割、地方が6割です。しかし、税の配分の比率は、逆に国が6割、地方が4割です。国がいったん国税として税金を吸い上げて地方に配分するからです。ここに国による地方支配の要因の一端があります。この配分の割合を一対一にして、改革の第一歩にすることは地方自治体側の長年の要望でした。公明党は、この要望を真摯に受け止められて、マニフェストに「一対一にすることを目指す。」と明確にされました。高く評価いたします。
 しかし、今回の総選挙の最大の焦点は、自民党中心の政権を継続するのか、民主党中心の政権に交代するのかです。有権者の関心もこの一点に集まっていると思われます。我々としては、政権の中枢をになう自民党と民主党という二大政党のマニフェストに限定し評価しました。
 我々の評価の視点は、以下の四項目です。

▽地方分権改革の徹底
*地方分権改革は、全国の都道府県、市町村が可能な限り自立して、住民、議会とともに自由に県土づくり、町づくりができるようにするための改革です。国が都道府県を、都道府県が市町村を支配する仕組みは徹底して排除することを目指します。
*地方分権改革は、あくまでも住民自治が基本で、住民と密接な関係にある市町村を中心に大胆に役所の仕事を見直す取り組みです。その改革のために必要な権限は、市町村、あるいは都道府県が、自ら都道府県や国から奪い取る姿勢を持つべきです。その結果、市町村、都道府県が、初めて国と対等な関係に立つ、「地方政府」へと生まれ変わることになります。
*財源の確保については、当面、安易に増税に頼る姿勢をとらず行政改革を徹底することを原則とします。今後、地方、とりわけ市町村において増大する住民サービスを保障するための財源については、地方自治体自ら、サービスを受ける住民の受益と住民負担の関係を明確にし、十二分な説明責任を果たし確保します。こうした姿勢を背景にして、国の無駄遣いを追及し、地方から国の行政改革の徹底を求めて行きます。

▽霞ヶ関の解体
*霞ヶ関と総称される中央省庁は、地方の現場をよく理解せず各省庁タテ割りで画一的な政策を押し付ける傾向があります。特に、昨今、バラマキとしかいいようのない、場当たり的な政策が目立っています。このため、霞ヶ関を解体し再編することを目指します。
*二重行政の温床である国・出先機関の、原則廃止を改革の突破口とします。
*霞ヶ関の解体と再編作業は、国の無駄遣いを徹底してあぶり出し、排除する取り組みそのものです。あくまでも国民の立場に立ち、安易に増税に頼らずに財源確保がどこまで出来るかの挑戦が、霞ヶ関の解体と再編だと位置づけます。
*勤務時間中に組合活動をするヤミ専従、報告データの捏造、国家公務員に対する信頼が揺らいでいます。国家公務員制度改革の抜本改革を重視します。

▽ガバナンス(統治)
*地方の意見を直接政府に反映するための協議機関の設置を法律で定めることを最低限の目標とします。
*国が、地方に関係する政策を立案する場合、地方が不適当だと判断する政策については、拒否する権利を求めます。内閣法制局に、地方に対する義務付けや枠付けが適当であるかチェックする機能を持つよう求めます。
*国と地方の協議機関は、国と地方が共同作業で明治以来の中央集権国家体制を打破し、地方分権改革を徹底することによって、国の統治のあり方を変革する原動力となる機関とすることを求めます。

▽道州制の実現
*国と地方のあり方を根本から変更し、国と地方の新たな体制を創ることは、すなわち道州制の実現に他ならないと判断します。道州制導入の道筋を明確化することを求めます。
*道州制は、基礎自治体と広域自治体、それと中央政府という三層の構造とすることであり、その趣旨の徹底を求めます。
*基礎自治体である市町村のあり方、市町村にどこまで事務を任せるのかなどについては、道州の中で自由に判断することができることとし、地方の自主性を重視するよう求めます。
*道州制特区の実績が不活発な現状を踏まえ、道州制特区の地域や認定条件を緩和し、現行制度での実績を積み重ねるよう求めます。

 以上の視点から、我々としては、自民党、民主党のマニフェストを評価しました。評価に当たっては、7日の全国知事会の公開討論会におけるやり取りを参考にしました。なお、民主党においては政策集(インデックス2009)も含みます。

 まず、両党の政策全般を通じ、どうしても言及しなくてはならないことは、地方不在のまま重要な政策が各党において決定されているということです。政党における政策決定プロセスの中に都道府県、市町村の声が反映される正規の仕組みがありません。これでは近代政党としての政策決定プロセスと言えないと思います。苦言を呈します。
 地方自治体、特に市町村は、福祉や教育をはじめ住民に密接なサービスを展開しています。いったん導入された政策が政権交代のたびに猫の目のように変ることは現場に大きな混乱をもたらし、結果的に住民サービスの停滞をもたらします。住民サービスに密接不可分な分野における政策決定においては、住民の意見を十二分に聴取することを始め、直接サービスを提供している市町村、広域調整を担っている都道府県とよく協議して方針を定めるべきです。そして、闊達な国会審議を経て可能な限り与野党間で合意した上で法律化すべきです。
 地方分権改革の重要性を唱えながら、一方で、地方自治体にとって決定的に重要な政策が都道府県や市町村との協議がないまま一方的に決定されるというのでは論理矛盾も甚だしいと考えます。政党の政策決定のおける都道府県、市町村との協議の場の設置を求めます。
事例
□自民党マニフェスト
▽「1安心な国民生活の構築」の中の■地域社会における様々な生活課題に対応するため、市町村による全戸訪問調査や要援護者マップづくり等を支援し、高齢者などへの虐待や孤立死の防止、災害時の要援護者対策等を推進する。また、ひきこもり状態にある方や家族の身近なところで相談に応じ、支援できるような専門の相談窓口体制を整備する。以下略」となっています。こうした取り組みは全て市町村が関わりませんと実効性がありません。市町村との協議を経て決定されていません。
▽「2少子高齢化社会への対応」の中の「安心して教育が受けられる社会の実現」の中で3歳から5歳児の幼児教育費の無償化を三年かけて実現するとしています。幼稚園と保育園の運営は、市町村と密接不可分です。実質的な義務教育化への第一歩とも受け止められる重大な政策転換に関して市町村との正式な意見交換がもたれていません。
▽同じく、「2少子高齢高齢化社会への対応」の中の「介護サービスの改善と職員の処遇改善」の中で「平成24年度の介護報酬改定時においては、介護保険料の上昇を抑制しつつ、介護報酬を引き上げる。」とされています。介護保険事業は、市町村が保険者となっている「自治事務」です。保険料を上げずに報酬を引き上げるというあたかも手品のような改革の実現は、財政投入がない限り困難です。
□民主党マニフェスト
▽「年額31万2千円の『子ども手当て』を創設する。」という政策があります。事務の責任主体は、不明です。国が新たに国の出先機関を設置して実施することは考えられません。恐らく市町村が自主的に行う「自治事務」とするのでしょう。財源は国が担うことは当然としても、人の手当はどうなるか不明です。市町村をあたかも下請け機関のように扱って当然という考えがあるとしたら地方分権改革の思想と真っ向から対立します。
▽「後期高齢者医療制度の廃止」がうたわれています。この制度は、47都道府県内の市町村がそれぞれ広域連合を結成して医療保険制度を運用しています。導入に当たっての大混乱の中で市町村が多大な苦労を強いられました。制度廃止となると再び大混乱が生じます。市町村との協議は行われたのか、明らかではありません。また、この制度に限らず、保険制度の導入に当たっては莫大なコストをかけてコンピューターシステムの構築を行っています。廃止となりますと壮大な無駄が生じます。
▽現在の教育委員会制度を抜本的に見直し、教育行政全般を監視する「教育監査委員会」を設置するとされています。日本の地方教育行政の根幹をなしてきたとされる「教育委員会制度」の廃止といえる内容です。公立の小学校、中学校、高校に大きな影響を与える大改革です。しかも、教育改革の柱の政策として公立高校の実質無償化を公約としています。教育委員会制度の抜本改革との関係が、不明確です。都道府県、市町村の教育委員会との協議の有無、政策の決定過程が不透明です。
続いて我々の四つの視点に基づくマニフェスト評価をした結果を発表します。

□自民党
▽「新地方分権一括法」を平成21年度中に国会提出し成立を期すと明言していることは評価できます。直轄事業の負担金についても抜本的な見直しを明確にしたことは評価します。地方財政について「『中期プログラム』に基き税制の抜本的改革に取り組む際に、地方消費税の充実や地方交付税の法定率の見直し等により地方財政の建て直しに取り組む。」とされ、地方財政の改革への視点が示されたことは評価します。しかし、「中期プログラム」は財務省が主導して政府で取りまとめたもので、消費税の増税が前提として入っています。現在の経済情勢の中で消費税の増税を前提とすることが国民の間で許容されるのか疑問です。「中期プログラム」は、消費税が仮に増税された場合、福祉目的税であることを明確化したものです。地方消費税は、あくまでも一般財源として活用できるのか明確でない点に不満が残ります。
▽国出先機関改革に関しては、「原則廃止」の文言がないのが不満です。 無駄遣いの撲滅について、これまでの実績を述べ、今後の具体策が乏しいのが不満です。 ヤミ専従問題にも厳格な処分を明言していることは、評価されます。天下り根絶、国家公務員制度改革、人件費の削減計画などは既存の方針の再確認に終始して新味に乏しいのが不満です。
▽国と地方の協議機関の法制化についても明言したことは大いに評価します。公開討論会における議論では、この機関については、今後、地方側と協議するとされていましたが、会場のおけるやり取りでは、新機関は、地方の意見を聞く場との認識が示され、政策を実施するのは、あくまでも政府であるとされていました。もう一歩踏み込んで、国と地方共同で改革を進める機関だと明確化が欲しかったところです。
▽道州制について、「新しい国の形」と明言し、内閣に検討機関を設置するとされました。早期基本法成立、2017年(基本法制定後6〜8年を目処)道州制導入と明示したのは画期的です。北海道を先行モデルとして改めて明示したことも評価します。
□民主党
▽地方分権改革に関する記述がマニフェストにおいては、少ないことが極めて不満です。「地方分権改革」という用語を、「地域主権」に置き換えることによって、現行の地方分権改革を超える改革を実現したいとの思いが背景にあると推察されますが、これまでの議論の蓄積との整合性をとるべきです。
▽霞ヶ関を解体を前面に掲げていることを評価します。4年間、増税を封印するという高いハードルを課し、徹底した無駄遣いの排除で財源を生み出すとの挑戦的な姿勢を評価します。国出先機関を原則廃止と明確にしたことを評価します。直轄事業負担金制度そのものを廃止とまで踏み込んだことを評価します。
▽「行政刷新会議」あるいは「国家戦略局」の役割は極めて重大で、その具体の内容が焦点です。公開討論会において、内閣総理大臣をトップにして地方の代表も入り、一元的に国のあり方を見直す機関との方向性を示されたのは特筆に値します。国と地方の協議の場の単なる法定化を明言した以上の約束をしたことになります。この機関が基点となって霞ヶ関の解体が始まると受け止めました。不退転の決意を評価します。
▽財源確保について、地方側の不安が残るのは否めません。特に自動車関連諸税の暫定税率を廃止することに伴う地方財政運営が不透明なままです。国による「ひも付き補助金」を廃止し、地方が自由に使える「一括交付金」とするとしている一方で、教育、福祉関係の助成策や、各種、農林水産業に対する所得保障の拡充を打ち出しています。論理矛盾が生じないのか、実際に実現可能か、強い懸念が残ります。
▽「地域主権」を標榜しながら、道州制の導入に向けての記述がないのが不満です。霞ヶ関の解体は、道州制とセットでなければ完結しないと考えます。早期に道州制への姿勢を明確にすることを求めます。当初、公約として掲げる予定であった「300の基礎自治体」構想に引きずられ、道州制の導入に及び腰になっているとしたら、理解は得られません。「300自治体」構想に縛られて思考停止に陥っていると受け止められます。
以上の評価を踏まえて我々は、以下の結論を導き出しました。
まず、自民党、民主党を問わず、政策決定において都道府県、市町村との意思疎通が乏しく、実現に向けての実務面での不安定さが付きまとっています。われわれが、こうした懸念を持つ背景は、場当たり的で人気取り的な政策を突如提出してきたのではないかという疑いからです。政党と地方自治体との協議の場の構築を改めて求めます。協議を積み重ねて政策化し、更に、真摯な国会論議を通じて法律化していくことによって安定した実務執行が可能となります。その結果、住民へのサービス提供が安定します。
政策評価に移ります。
 自民党は、地方分権改革をめぐるこれまでの実績を踏まえ、あるべき姿を目指していくという、堅実なアプローチをとりながら地域主権型の道州制へと着実に導こうとしているものと受け止めました。一方、民主党は、政権交代というエネルギーを一気に活用して国のあり方を変えることに踏み込もうとしているものと判断しました。「行政刷新会議」ないし「国家戦略局」にその思いが凝縮されていると思います。
 地方分権改革の今後の展望と新たな国づくりにおいて、これまでの実績に重きを置いて評価するのか、不確実でも改革の新たな展開の可能性にかけるのかの選択が厳しく迫られていると判断しています。我々は、地方分権改革の徹底と霞ヶ関の解体を柱に中央集権システムを根本から変えることを目指しています。この改革こそが、あらゆる改革の基礎になると判断しているからです。その意味では、民主党の方が根本改革の志向を明確にしています。
 さて、明治維新以来140年間続いてきた霞が関による中央集権システムを抜本的に改め、新しい国づくりをするためには何が必要でしょうか?まず、政治リーダーの指導力と政治エネルギーが大前提であることは言うまでもありません。強烈な指導力を通じ、とてつもない政治エネルギーを生み出さなくてはなりません。そして、その政治エネルギーを受け止め、効果的な施策を次々と展開できる組織上の仕組みが必要なのです。いわゆるガバナンス、統治の仕組みです。政治指導者の指導力、それによって生み出される政治エネルギー、それとガバナンスが三位一体となって根っこからの大改革が進展します。
 江戸時代の幕藩体制から明治政府へと新しい国づくりが断行された際には,幕末の志士による捨て身の行動がありました。彼らの類稀な精神力と卓抜した指導力によって、国を変えようとする政治エネルギーは、国内に充満しました。維新の指導者達は、そのエネルギーを結集し江戸幕府を大政奉還へと追い込み、新時代へと歴史の歯車を回しました。そこから明治維新が始ります。時代の歯車を回すことに反対する勢力も当然あります。維新の志士達が次々と暗殺され、世を去りました。志士たちの悲劇の分裂も起こり内戦へと発展しました。決して平坦な道のりではなく試行錯誤の連続でした。しかし、強固な信念を有する指導者が次々と誕生し、変革のエネルギーを集中させ、トップダウンにより中央集権国家への体裁を整えました。1889年、大日本帝国憲法として結実しました。
 明治憲法ができてからちょうど120年。政治の指導力は、見当たりません。国民の間には、政治への漠たる不満だけは漂っているものの政治を変革しようというエネルギーにはなっていません。そもそも政治指導者の指導力がないのですから、国民の間に政治エネルギーを沸き立たせることは困難です。かりに力のある指導者が登場したとしても、歴史の歯車を回すような大改革へと歩を進めることは、はなはだ困難です。政治家のリーダーシップを受け止める機関のはずの霞ヶ関が、逆に壁として立ちはだかっているからです。
 選挙の洗礼を受けていない霞ヶ関の中央官僚が、事実上、政策を決定しています。そして役所の組織が肥大化するに従い,役人は自分の担当領域のことだけを考えて判断し、地方全体のこと、国全体の視野を失います。まとまりのないバラバラな政策となります。政治家は、バラバラに打ち出された役人からの政策に対して、多少、口を挟んだり、役人同士で調整できなかったものについて調整役を演じるに過ぎません。
 高度成長をひた走ってきた日本においては、このようなシステムが適合していたのかもしれません。右肩上がりの国の予算をめぐって、政治家は自らの地元に少しでも多くのお金を持って帰れば良かったのです。多くの政治家が等しく分け前を預かる分配重視のシステムと言えます。高度成長が始まる1955年、自民党は誕生しました。自民党は、分配型の政治システムの中核に常に位置し、国家的な戦略に重きを置くのではなく、国内のおける予算の分配具合を差配し、調整する結節点の役割を担ってきました。分配型の政治システムとは、自民党が中心となって組み立ててきた政治システムそのものと言えます。
 我々は、今日の日本の危機の背景に、現在の政治そのものがあると考えています。政治が、単なる利害調整から大きく一歩踏み出し、政治的な指導力を発揮することが求められています。国民に呼びかけ変革のエネルギーを呼び起こすことが必要です。そして、そのエネルギーを結集して、改革の行く手を阻む最大の壁である霞ヶ関の中央集権システムを打ち破ることこそが喫緊の課題だと考えています。今、新たな国づくりを志向するとなると、想像もできないほどの利害関係者を説得しながら改革を推し進めていかなければなりません。我々は,自らが率いる地方自治体において、改革を進めてきました。一地方自治体の改革にも莫大な政治エネルギーが必要であることを身に沁みて感じています。新しい国づくりに、果たしてどれだけの政治エネルギーが必要なのか正直想像もできません。
 改革を実現するには、リーダーが、本来のリーダーシップを発揮し、大改革に邁進できる統治のシステムが必要です。我々は、自分なりの工夫をしながら、自らの信念が実現するようなシステムを構築し、自治体改革に邁進してきました。既存の行政システムのままでは,我々の自治体改革も何一つ実現していなかったでしょう。役人が狭い視野の中で決定を積み重ねるシステムを根本から改めなければなりません。政治家が大きくビジョンを描き、戦略を立てた中で、役人がそれを実現していく。これまでのボトムアップのシステムから、トップダウンのシステムへ、根っこから政治システムを変えなければならないと認識しています。
 我々は、「国と地方の協議の場の法制化」を極めて重視してきました。この場を通じて、地方分権改革の断行を迫れば、中央集権体制を打破する手がかりが得られると考えたからです。自民党も民主党も協議の場の法制化を明言されました。自民党は基本的に、これまでの政治システムを前提としております。協議の場は、地方側の意見を聞く場、政策の遂行は、総理大臣を中心とする官邸が中心となって進めるのが基本だという考えです。この方針で進みますと、総理大臣の方針が自民党に阻まれる可能性もあります。何よりも、霞が関の役人の影響力を排除できない危険性があります。明治維新に匹敵する大改革を断行するために、今まず必要なのは、政治がトップダウンで意思を通す仕組みに政治システムを変更することです。
 民主党は、政治の意思決定を一元化する志向を明確にしています。政府と政党が一体となって政治を運営していく改革を打ち出しています。そして、公開討論会において、国と地方の協議の場は、総理大臣が主宰するとの考えを示しました。「行政刷新会議」あるいは「国家戦略局」という具体のイメージも示し、各省庁の利益に囚われず、外部の有識者も入れ,大きく国の戦略を描くと公約しています。そこで決定されたビジョンは、政治主導によってトップダウンで実現していくとしています。新しい国づくりにおいては,地方の声を聞くにとどまらず、地方とともに国づくりを行うとし、地方の代表者にも参加を求めると明言しました。これら「行政刷新会議」あるいは「国家戦略局」は、明治維新以来の大改革に向けて指導力と政治エネルギーを結集し、改革案をまとめ、実行していく中心的な機能を果たすことが出来るのではないかと期待感を持ちます。
 今までの政治システムを前提として改革を着実に進めることが可能だとする自民党と、政権交代のエネルギーを結集し、根っこから政治システムを変えることを追い求めている民主党。おおよそ、このように区分けできます。
 自民党のマニフェストにも評価すべき点は、多々あります。政策の継続性、確実性という点では、自民党の方が上回ります。民主党のマニフェストには、実現可能性の問題が常に付きまといます。財源の不安も横たわっています。我々にとっても、個別の政策や政治理念では民主党とは相容れないことが多数あります。しかし、少なくとも言えることは、今までの政治システムを前提にしていては、新しい国づくりは行き詰ることです。強固な霞ヶ関主導の中央集権体制を打ち破るのに、霞ヶ関の体制に寄りかかっていては改革が、骨抜きにされるのは火を見るより明らかだからです。
 我々は、公開討論会で示された、国と地方が対等な立場に立って国の在り方を抜本的に見直そうとする民主党の不退転の決意を評価します。民主党の主張には、単に対等というのではなく、国と地方が協力し合って、いわば協働作業で大改革を進めたいという意欲も感じ取れました。このため、民主党の提唱する新たな統治の仕組み、ガバナンス改革の可能性を重視することにしました。このため、今回の総選挙のマニフェストに関しては、民主党のマニフェストを自民党より高く評価し、地方分権に関する政策支持を打ち出すことにしました。
 なお、マニフェストの評価は、地方分権改革など四つの視点から評価したものに過ぎません。外交や防衛、経済などの諸分野については検証の対象にしていません。国民の皆さまにはこうした観点からのマニフェスト評価だということをご理解いただきたいと思います。最後になりますが、時代は、大転換期だとの認識は、国民の皆さまもお持ちだと思います。その中で実施される総選挙です。お一人お一人が関心を持って政治に参加していただくことを願っております。
平成21年8月11日

神奈川県開成町長 露木順一
横浜市長     中田 宏
松山市長     中村時広
大阪府知事    橋下 徹
東京都杉並区長  山田 宏
(五十音順)

追記
我々の見解は、ホームページでも公開しています。我々が動画で、地方分権改革について語っています。ご参照いただければ幸いです。
HP www.shuchou-group.jp